推測で報道するのはやめようよ


現場にいると忘れがちになるのは「自分の取材で報道した事の当事者への影響」である。
朝から職場で一連の報道を見ていて思う事は、その状況に置いて即座に原因の特定なんてできっこないのに原因と思しきものを多数報道するマスコミが何を根拠にその報道をしているのかと言う事。 中に乗っていた人の話とかを検証することなくそのまま伝えているけど、本当に真実を伝えているのか疑問に思うのだ。
例えば、「停止位置を数m行きすぎた為に発生した遅延を取り戻そうと物凄いスピードを出していた」という話は眉につばを付けたくなる所もある。 物凄いスピードと言っても制限速度の倍も出す事は考えにくいわけで、例えば2割3割増くらいでも体感上は物凄いスピードに感じでしまうことからすると原因とは考えにくいという気もする。
北海道の田舎から東京や大阪に行って日頃思う事は、東京・大阪の列車はえらく揺れるという事である。 車体の軽量化が災いしているのか、本当に揺れ方は尋常ではないと感じる。 例えば北海道でいうと快速エアポートは最高速度は120km/hくらい出ていると聞いているが、そんなに出ていない山手線の列車よりも揺れは感じない。 大阪環状線に乗ったときも、新大阪から大阪までの間で列車に乗ったときも揺れは大きく感じた。
そういった点からすると、「えらく揺れを感じた」=「猛スピードで危険な状態だった」とは一概には言えないような気がする。 もちろん、原因のひとつとしての可能性を排除できるわけではないが、原因のひとつとして決めつける事も出来ない。
このような状況の時に、この「いつもより速くて揺れが大きかった」という報道ひとつでも、当事者(被害者の家族)にとっては普通の人と受け方が違う事が容易に想像できるはずである。 マスコミ人であれば当然の事ながら、その違いを考えて然るべきである。
どうも、朝から原因の可能性と言うところに重点が置かれた報道が為されているように思えて仕方がないが、本来の報道機関の役割は「事実をありのまま伝える」べきであるはずなのにその責務を果たしていないことに疑問を感じているのでありました。


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