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if…もしも

人生40年以上も生きていると、運命の分岐点みたいなものに何度か遭遇している。 例えば「大学進学」で、どこの大学に行こうかとか、どの学部に行こうかとか…
自分自身を振り返ってみると、実は第一志望は北海道大学の薬学部だった。 もともと化学が得意なこともあり、薬品を扱うような仕事に就きたかったのだ。 でも、当時は薬学部を出てからの就職先というのは非常に厳しいものがあったのだ。 化学薬品メーカーの研究室に入るか、家業を引き継ぐか… 当時は院内処方だったので、今のように調剤薬局が溢れているという状況ではなかったのだ。 で、うちの親は単なるサラリーマンだったので、引き継ぐ薬局もなく路頭に迷う可能性が高かったののと、親に反対されたのもあって進路変更をした。
変更した先は、ちょうどパソコンが世の中に出始めたばかりで第1次ITブームみたいなものもあったので、ソフトウェア系の学部を選ぼうと思い、結局1浪して合格したのは室蘭工業大学の工学部電子工学科だった。 物理系が一番苦手なのに、物理系の学部・学科に入ったのである。 その苦手な分野ゆえに大学でも苦労して、1留までしてしまって… その後、就職の段階になって北海道に残りたかったこともあって、ソフトウェア系の企業ではなく道内のローカルテレビ局を受けて入社したのである。
最近、特に思うのは「あの時、自分の意志を最大限に優先して薬学部へ入っていたら、自分は今頃何をやっていたのだろうか…」ということ。 御存知の通り、ここ数年は薬剤師不足もあって待遇面でも格段に良くなっている。 そして、薬学部も4年制から6年制になることもあり、人材不足に拍車がかかっている(2年間卒業生が出ない)のである。 しかも子供の頃からの得意分野(実験大好き人間)。 今頃は、街の調剤薬局で薬剤師でもやっていたのだろうか?
「もしも、あの時…」そんな思いが沸々と湧き上がることはありませんか?

コメント

  1. エィトマン7 より:

    僕も、分岐点は、就職の時です。
    郵便局の試験に、合格したので、
    そのまま、公務員になるつもりでしたが、
    切手を趣味にしてたので、親の反対で、
    今の仕事です。でも、民営化になるから、
    結果的には、よかったのかな。

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