抗議に対しての回答


「『東知床市』を見もせずに『魅力的な風景も場所もない』とは失礼だ!反吐が出る!」という抗議のメールを「東知床市(予定)」に在住という方からいただきました。
残念ながら、斜里町や小清水町、清里町は昨年初めて行きました。 で、その1回キリですが多くの感動を得ました。 写真もいっぱい撮りました。 まだまだ奥が深そうです。 ぜひ、長期の休みを取って再訪したいと思っています。
東知床市の命名を予定されている中標津町と羅臼町には10年以上前から何度か行っていますが、感動は得られていませんし、写真も殆ど撮っていないです。 北海道の他の地域と同様に今のところは「ぜひ再訪したい」という気にはなっていません。
住んでいる人にとっては「良い場所」や「良い風景」があるのかもしれませんが、他の場所から行く人の視点からすると「他にはない魅力や風景」が無いと引きつけることはできません。 僕が見た限りでは、抗議のメールの中に書かれている地域の幾つかは他でも類似した風景を楽しむことが可能でした。 何度か行っても感動しない風景と一度行っただけなのに感動する風景。 その差は大きいと思います。
また、言葉足らずの部分もあったようですので改めて書きますが、100名が「東知床市」に行ったら99名は「どこが知床?」と思う風景しかないのです。 残念ながら。 中標津町であり羅臼町であれば「過度な期待はしないで行く」ことになりますから、他の視点で感動を得られる人もいるでしょう。 ただ、「知床」を名乗るのならば、それにふさわしい感動を観光客には与える義務があります。
僕が「国後市」を名乗れば?と書いたのは冗談ではありません。 羅臼町からの国後島の眺めは別の視点での感動を得られます。 島に建つ建物が見えました。 今は異国の領土になっている日本固有の領土である国後の近くて遠いその距離を感じることができました。 中標津町の開陽台からも広大な大地の向こうに見えます。 双方の街の共通項は「知床」ではなくて「国後」だと思います。 何度か観光客としていった立場から言わせてもらえば…
頂いたメールの中には地元を愛するが故の矛盾点も見られましたが、そこには敢えて触れていません。 ただ、言葉足らずから誤解を招いた部分もありましたので追記をさせていただいたのと、「東知床市」エリアには行ったことがないと決めつけられていたので反論をさせていただきました。
もちろん、感動を得る得ないは人によって異なるでしょう。 あくまでもここで書いていることは僕自身の受けた印象であり感想でしかありません。